RESUME

 

​まだ「発達障がい」なんていう言葉がなかった時代、自閉傾向の強い3才児の子どもが私のクラスにやってきました。

 

その子に向き合う為に本を読んだり研修に行ったり勉強をし保育で実践しましたが、その経験からわかったことは、本や研修で得た知識より、目の前にいる子どもの姿をありのまま見ること、見逃さないこと、その態度やスキルの方が重要だということでした。

 

また同じ頃、家庭で虐待されている一人の子どもをめぐり、家庭内で傍観者となっている母親がたまたま私に赤裸々な気持ちを話して下さったことがありました。登園中に私が見ている子どもの無邪気な姿、笑顔にも、私が簡単には知る事のできないそれぞれの背景があることをその親子から教えてもらいました。

 

試行錯誤。小さな日々の積み重ね。学び合い。この3つは、約20年前に子ども達から教わったことで、私がブレずに今もずっと大切にしていることです。

​幼稚園教諭

幼稚園退職後は、大学の事務職員として関西や東海地方の大学で働いてきました。学生と一緒に朝まで研究室で仕事をしたりゼミ合宿に同行したりとても楽しい思い出です。

 

その頃、私は彼らを見ていて、様々な事を考えたり行動する力はあるのに、自ら問いを持ち研究を進めるとなると途端に難しくなるはなぜだろうと不思議に思いはじめました。

 

学生の成績管理をしていた時には「単位取得」の為に勉強をしている学生がある一定数いて、自分が選んだ学部とは無関係の就職先に進路を決めていき、そして半年も経たないうちに就職先を辞める。そのような学生の姿をみるとすごくはがゆい思いをしました。

 

その経験から「本来学生達が持っている能力が活かされる"教育”ってなんだろう?」という問いが生まれ、今の活動の原点になっています。

​大学職員
​母親

何のご縁か私のところにやってきた息子は発達障がいでした。

 

あろうことか私はここで初めて「当事者」としての目線に立つことになりました。仕事で「子ども達や保護者のために」と思ってやっていましたが、それは大きな勘違いで、私が「私の為」にやってきたことだったのだと知りました。

 

それまでの私は当事者の立場を理解した気になっていただけだと気づいたのです。なぜなら、私が想像していたものを超える想いや感覚を経験したからです。

​てつがくママ

大学職員時代に考えていた問いの自分なりの答えは、子どものうちから考える力を育むこと。考える力とは、自分で問う力だと考えました。

答えのない時代を生きる為には、答えがないからこそまずは自分で問いを立てないと何も探し出せないからです。

 

そんな時に出会ったのが、子供と一緒にてつがくをする「こどものてつがく」でした。「てつがく」というのは問うことから始まります。そしてあれやこれや大人も子どもも一緒にモヤモヤと考えるのです。考える時は、自分が何者であるかは関係ありません。「母親」とか「教師」とか「こども」とかそんなことは関係なくて、一人の「人」として尊重されその中で自分の考えたことを話すのです。

ある時からこの営みは「教育効果」として期待するだけではもったいないと思うようになりました。私自身が「てつがく」の力で、行き場のない想いを抱えた「母親の私」から、ただの「私」へ「母親」というラベルを外せるようになったからです。


今は、それが生きづらさを抱える人達のリカバリーの役目を果たすのではないかと考えるようになり、様々な人達と地域や学校、大学、自立支援事業所、などで哲学対話を行っています。

​WORKS

​ 哲学相談室bios主宰

​リカバリーカレッジ立川(東京都) 

哲学カフェ講座講師

​ディスレクシア協会名古屋(愛知県) 

哲学対話講座講師

犬てつ(愛知県犬山市)

子どもの哲学対話実践講座講師

​犬てつ(愛知県犬山市)

哲学対話ファシリテーター

​ あおふぃ(愛知県名古屋市)

哲学対話ファシリテーター

​ えん(岐阜県関市)

哲学対話ファシリテーター

​ 自分の強みを伸ばす囲碁教室主宰

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